太平洋戦争中に坂井三郎という名戦闘機乗りがいた。
坂井はジャワ島付近で発見した敵偵察機を攻撃するために味方編隊から離れた。
するとオランダ軍の大型輸送機に遭遇。
当該エリアで飛行する飛行機は軍民武装を問わずに撃墜命令が出ていた。容易く撃墜する事は可能だった。
坂井はこの機に敵の重要人物が乗っているのではないかと考え、生け捕りにしようと味方基地へ誘導するために輸送機の横に並んだ。
この時、坂井は輸送機の窓に震え慄く母娘と思われる乗客たちが見えることに気づいた。
これを見て「逃がそう」と思った坂井は手を振ってその場を離れ、帰投後上官には「雲中に見失う」と報告した。
終戦50年程経った頃当時機内から坂井機を見ていたオランダ人の元従軍看護婦が、「あのパイロットに会いたい」と赤十字等の団体を通じて照会したところ、
当該パイロットが有名な坂井三郎であることを知り、非常に驚いたようである。2人は再会し、互いの無事を喜び合った。