2010年8月31日火曜日

半年ちょい前の俺へ

半年ちょい前の俺へ

そっちは午前4時だな。
部活で疲れてぐっすりだと思うが、頑張って起きろ
今から言う事をやってくれ。頼む、お前の為だから。しくじるなよ。

音をたてないようにしろ、気づかれるから。
まず、1階に降りて台所から包丁を持ってこい。
そしてお前のバカ兄貴の部屋の前に行き
ドアを開けて部屋に駆け込み一撃でぶった切れ。

バカ兄貴が首を吊ろうとしてる、その柔道の帯で作った輪っかをな。
そうしないとバカ兄貴が首吊って死んじまうぞ。
発見した時の光景と母さんの悲鳴はたぶん一生お前の頭から離れなくなる。
前日まで普通に相談に乗ってもらってた兄貴が次の日には死んでんだぞ
いなくなるんだ

あと兄貴に言ってやれ。
「さんざんアンタをバカにしてきたり、ケンカだって飽きるほどしたけど、学校じゃ自慢しまくるくらい好きなんだよ。」って

頼む。頼むよ。
頼むからこの文を半年前の俺に送らせてくれよ。
頼むよ。お願いします

「おやすみ。また明日な。」
って言ってたじゃねえか
バカ兄貴。

オタと犬

高校の時に犬を家族で飼った。
当時俺は真面目で、家では親に敬語、部活と勉強両立しながら、オタ生活を送っていた。
容姿は気持ち悪がられる事はないが、顔がデカくて口下手なせいでぼっちだった。
まぁ真面目な事もあって親からは期待され、姉がいたんだが、姉にも真面目な弟として振る舞っていた。
犬、しかも流行りのチワワを買うとあって俺は最初抵抗した。大体、ウチにそんな金あるのか!と思った。
でも実際チワワが家に来てみると、目茶苦茶可愛いかった。 しかし、俺は家族の目を感じて、親や姉の前では「よしよし」と撫でるくらいしかしてなかった。つんつんしてた。
ある日俺は留守番を任された。家には自分とチワワ(名前は太郎)のみとなったので高揚し、いつもの百倍は可愛がった。
「太郎タソはギザカワユスなぁ」「もきゅもきゅもきゅきゅ~♪」とか普段は絶対言わないことを口走ったりした。 それからは一人になった時は愛情を太郎に注いだ。
一緒に犬食いでチャーハン食べたり、お風呂入ったり、歯も磨いてあげた。
膝の上に乗っけて2ch一緒に見たり、TV観ながら一人腹話術で「太郎、この芸人面白いか~?」「ウン!ぼくは好きだお~」とかやったし、「お゛ほぉ~今日の太郎のうんちは臭いぞぉ~」ってトイレ処理もした。
極めつけは身体の至る部分を甘噛みしてあげて反応を楽しんでた。きゃん、とか吠えられると「痛かったか?フヒヒヒヒィ!」なんて悦に入ってた。
相当キモかった。顔の筋肉は緩みまくり、太郎になつかれようと犬の真似してたんだからよだれ垂れ流しだった
ある日の休日、遅く起きてしまった。家族はもう出てったかな、なんて思いながらリビングで太郎とじゃれてた。
太郎を指で突きながら「うりうりうりうりURYYYYYY!」「ちゅんちゅん!ちゅんちゅん!フヒィ!フヒヒヒヒ!ふひゃははははぁっ!?」ってやってたら、

「〇〇(俺)?何してんの?」

いないと思っていた家族三人が、いた。ただ単に俺が1番早く起きていただけだった。
俺含め4人は呆然としていた。

それからというもの、俺と家族との間の妙なわだかまりは消え去り、ちょっとした事で笑い合い、成績が少し落ちても笑って許してくれるようになってた。毎日が幸せでした。

ありがとう、太郎。

お前が治らない病気で天国に行ってから、ちょうど一年が経ちました。

2010年8月30日月曜日

今日

                      死   昨    過   お
                 明   ぬ   日.     ご   前
                 日   ほ   死.    し.    が
                    ど   ん.    た   無
                な   生.    だ.           駄
                ん   き.    誰.     今    に
               だ    た.    か.     日
                      か   が
                    っ           は
                      た

   ゙' 、,,_. -‐ ' "´ ̄ `゙''   ..,_
                   `゙'':.、
                      ゙':.、
.       r‐=ミ  .;..           ヾ、 .,,__
.        ヽ:::::ノ _,,.. ..,,_     -‐    ゙:.、 二二ニ=ミx
         ,,.  '"´ ,. ‐─-ミ 、  r= 、     :.:ミ       :,:;/
              {:::.:..:::::.:::::::゙:.\ヽ::::::}      :ミ.     ..;:/
      .:..     \::.::::.::.:.:.:ノ  ゙:.. ̄      :;,     .::/
    -‐ ‐   ∵∴:.:.7 ∴:´   ';         ;:  ,.:/
     彡'    : : :. .: /:. .: :. :.    i  ..,__     i,:;/
     ノ ..___,,.. -─- .._      ヾ ヽ       .;:'
        ノ           `ヽ  ヽ \       ;:

ホワイトデー

俺、結構モテル方で色んな女に言い寄られたよ。
皆綺麗だったり可愛かったりしたけど、誰に言寄られても
何か気が乗らなくて、その中の誰とも付合った事無かったんだよね。
バレンタインの時も結構な数のチョコを貰ったんだけど、
その中に、名前に見覚えはあるんだけど顔の浮かんでこない子のチョコがあったんだ。
皆手渡しでくれる中、その一つだけデスクの上に置いてあったから
後でお礼を言おうと思って、同じ課の友人にその子の事を聞いて話しかけてみたんだよ
その子は雰囲気が暗くて全体の印象も地味でなんだか精気に欠けるような子だった
俺が「チョコアリガトね」と言うと、「すみません、私みたいな・・・」って
聞き取れないくらいの声で言ったんだ。今まで接した事の無いタイプの女性だったよ
それから何かその子の事が気になって、何度か話しかけたりしたんだけど
「はぁ・・・」とか「いぇ・・」とかの反応だった。
それから暫くしてホワイトデーの日に、食事に誘ってみたんだ。
返事は「はい」とだけ貰ったんだけど、何か嬉しかったな。
食事の席では殆ど俺が喋ってたんだけど、流石に話すことも無くなって
暫く無言の時間が続いた。
暫く経って普段殆ど喋らない彼女が、どうして私を誘ったかと訊いてきたんだ
正直、俺もどうしてか判らなかった。俺が暫く無言で居ると
彼女は少しずつ自分のことを話し始めた。中学から虐められてた事、
職場では除け者だと言う事、これまでどう生きて来たかの経緯等・・・
そして最後に、私なんかを誘ったのは何故かともう一度訊いてきた。
こんな根暗で地味な私をどうして食事に誘ったかと。
俺は「確かに君は雰囲気暗いし今どきの女の子とは言えない。
けど、人を好きになるってのは見たままの外見や表面の性格だけじゃないだろ?」と答えた
俺はこの子の事が好きになってたんだなって、自分で実感したよ。胸の高鳴りとか
好きで堪らないって感じじゃなく、この子と居ると落ち着ける、安心できるって感じかな
「だから付合ってください」最後に俺はこう付け加えた。
彼女はその場で声を殺しながら大泣きしてた。
あれから2年と2ヶ月が経つ。彼女は相変わらず地味だけど、俺は彼女の事を愛し続けてる

2010年8月28日土曜日

デジカメ

正月休みの日に弟とデジカメを買いに行き、2人で楽しんでいた。

その日の晩、ばあちゃんが部屋になにか持ってきた。

「これデジカメにやれ」

キャベツの芯だった。


2010年8月27日金曜日

喪女のちょっといい話

おじいちゃんは老いから手足が不自由でトイレも1人では厳しい。
だから、いつもはおばあちゃんが下の世話をしてた。
おばあちゃん以外が下の世話をするの嫌がったからだ。
ある日、家に私とおじいちゃん2人になった。
おばあちゃんが倒れてしまい母と兄は病院、父は会社から直行したからだ。
おじいちゃんと留守番してると申し訳なさそうに
「喪喪ちゃん、悪いんだがトイレに…」って言った。
私は本当に馬鹿だなって思った。
一人じゃ行けないの知ってたくせに気が付いてあげられないなんて
孫、それも女には言いづらかっただろうなって。
トイレに行くとパンパースが小と大で汚れてた。
たくさん我慢させてしまった。
私はおじいちゃんの気を反らそうと学校であった笑い話を精一杯明るく話した。
お風呂場で体を洗ってパンパースつけてホッとした。
同時におばあちゃんは毎日これをしてるんだと思うと何とも言えない気持ちになった。
そして「悪かったね、ありがとう」って五千円をくれようとした。
おじいちゃんは本当に馬鹿だなって思った。
私が赤ちゃんの時、両親は共働きでした。
おしめを変えて育ててくれたのは貴方じゃないですか。
幼稚園だって塾の送り迎えだってしてくれたのは貴方じゃないですか。
あれは無償の愛でしょ?
私はおじいちゃんが大好きだよ?だからお金なんかいらないんだよって言った。
2人してちょっと泣いた。
その日からは介護の人を頼んだり、家族にも頼ってくれたりでおばあちゃんの負担も減った。



金運向上気功

すごいポケット

「このぽっけすごいねんで!!(`・ω・´)三3ムフー!!」

そう言って幼稚園の制服のポケットをパンパン叩いてた友達Aの息子
ポケットにはハンカチ、ティッシュ、お菓子、小指の先サイズのドラえもん、母親とのプリクラ、それにムシキングカードなどなど…
その子にとっての宝物が詰まってた
「ぽっけ叩いたら欲しいもん何でも出てくんねん(`・ω・´)三3フンフン!!」
ソレ聞いて少しイジワル言ってみた
「じゃあミニカー出してみて」
前から欲しがっていて 持っていない事は知っていた
その子はムキになって
「あるもん!!フン!フン!」とポケットをパンパン叩いて宝物を散らかしていった私はその子の隙を見てあらかじめ買っておいたミニカーを そっとポケットに忍ばせた

「フン!…あっ!! …フフ~ン♪」

得意気に出てきたミニカーを私に見せびらかしてたが、物陰で
(´・ω・`)??
みたいな顔してた
かなり萌えた

ある日Aが死んだ脳溢血だった 職場で突然倒れそのまま逝ってしまった
友達はいわゆるシングルマザーで家族は60を過ぎた御両親だけ
私達も悲しみにくれる間も殆ど無く、葬儀の準備の手伝い、関係者への連絡などで忙殺されていた
その間、彼はずっとジュウレンジャーの絵本を何度も何度も読んでいた

通夜が始まりしばらく経った頃、彼が居ない事に気付いた
私と手の空いた者が付近を探した

しばらく探していると友達Bから着信
小さな公園で見つけたとの事
急いで駆けつけるとBは公園の入口で、どういうワケかうずくまって泣いていた
フッ…と公園の中を見ると彼が居た暗い街灯の下、
「…お母さん、お母さん…お母さん…」
と泣きながら必死にポケットを叩いてた
周りには宝物が散らばっていた

恥ずかしながら20代女、その子慰める前に しばらくの間 泣き崩れてしまいました
声を殺して抱きしめる事しか出来なかった
いつの間にか集まってたみんなも泣いていた
あの日は全てが悲しくて仕方がなかった

あれから二年
もうポケットは叩く事は無くなった
代わりに

「ぐらふぃっくあーてぃすとになんねん(`・ω・´)三3ムフー!!」

が口癖になった
最近、ずっと絵を描いてるのはソレだったのか
どうやらBが 「お母さんの夢やったんよ」 と教えたらしいその話を聞いた瞬間、また泣いてしまった
子供の言葉で、何だかこっちの方が救われた気がしたんです

少し画家と混同しているみたいだけど、頑張れ
君には5人のお母さんがついてるぞ
その日までちゃんとAの分まで全力で見守ってるからね

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